三井住友 名門「財閥」の野望#11Photo by Kazutoshi Sumitomo

今からちょうど20年前の2001年10月、三井海上火災保険と住友海上火災保険が合併した。実はその直前まで三井海上火災は日本火災海上保険と興亜火災海上保険との3社統合を決めていた。特集『三井住友 名門「財閥」の野望』(全18回)の#11では、住友海上火災社長だった植村裕之名誉顧問が、三井海上火災を振り向かせた説得の中身と合併秘話を明かした。(聞き手/ダイヤモンド編集部 片田江康男)

銀行に続いて合併した損保
知られざる西川氏とのやりとり

――2021年10月で三井海上火災保険と住友海上火災保険の合併から20年がたちました。当時を振り返り、率直に今どのように感じていますか。

 10月でちょうど20年。意義深い年に取材していただいて、本当にうれしく思っています。

 思い返しますと、20年前の損害保険業界は自由化で競争が激しくなったことに加えて、生命保険会社と損害保険会社は子会社による第三分野商品の相互乗り入れが始まり、ライバルも増えていたという状況でした。

 自動車保有台数は7000万台に達し、地球温暖化による大型台風など、自動車保険と火災保険の分野でリスクが巨大化していました。

 このまま住友海上だけで、大きくなるリスクに対応できるのか。そういう思いがありました。

 そのため、合併という判断は必然だったのです。目指すところは、世界に冠たる、リスクテークできる会社です。合併によって業界ナンバーワンを目指そうと考えました。この20年の間に、あいおいニッセイ同和損害保険との経営統合もありましたが、規模を見れば、当時望んだ状況になったと思います。

――合併を発表されたのは2000年2月。その4カ月前に、旧住友銀行と三井系の旧さくら銀行が経営統合を発表しています。銀行の経営統合が、三井海上との合併に大きな影響を与えたといわれますが、実際はどうだったのでしょうか。